「日本数学協会」設立の呼びかけ
 数学は、長い歴史を持ち、科学技術を支える大切な学問として技術革新の大きな原動力となってきた。すでに紀元前一千年の古代エジプトには、計算を司る書記官という職業が存在し、我が国においても、奈良時代から掛け算九九があり、江戸時代には和算が発達した。今日のIT(情報技術)革命も、数学の発展なくしては考えられない。

 数学は、このような長い歴史があり、科学技術を支える学問であるにもかかわらず、我が国では、今日親しみをもって語られることが少ないのは非常に残念なことである。
それは、数学に強いから理系などというように、進路を選択する際の目安として考えられることはあっても、数学本来の持つ面白さや楽しさ、美しさが話題となるような数学文化が十分に育っているとは言い難いからである。このようなことは、中学校では半数以上、一部の高校を除いては高校に入学するほとんどの者が数学嫌いになっているということに端的に現れている。

 しかしながら、このような人々を含めてその多くは、心の奥で数学を分かりたいと密かに願っており、書店を中心に巷にあふれている数学に関連した多数の書籍がそれを象徴している。そこには、単に数学の持つ実利的側面を求める以上に、数学本来の
姿に触れたいという思いがある。また、現代の社会が数学を基礎とする科学技術によって発展してきたことから、急速な社会の変化に対応していくためには、数学の理解が必要不可欠であることを予感しているからだとも言える。このように、数学は多く
の人々から密かに期待されてはいるが、それに応えるための仕組みが必ずしも構築されていない状況にある。

 我が国の歴史を振り返ってみると、江戸時代の和算にみられるように、多数の数学愛好者が存在し、数学文化を支えてきた。明治初期に、西洋の教育制度に倣って短期間のうちに効果的な学校教育を構築できたのは、このような文化的伝統によるところが大きい。その中でも、400年の伝統をもつそろばんは、子供たちの数の感覚を養う上で大きな意味があるにもかかわらず、電卓やコンピュータの普及により、今日では、その価値が次第に忘れ去られようとしている。技術革新の結果とはいえ、便利であるということが、考えることや計算することを面倒だとする教育的に誤った風潮をも産んでいる。しかしながら、そろばんには、数の構造に立脚した計算のアルゴリズムが仕組まれており、単なる計算の道具に終わるものではなく、今後も子供たちの数感覚育成には欠かせないものと考えられる。


 このような文化的伝統は、多くのアマチュアリズムによって支えられ、発展していくものである。今日、我が国では、たくさんの数学愛好者が全国各地で活動しているが、残念ながら相互の交流は十分に行われてこなかった。しかしながら、このような交流が深まるならば、数学本来の価値を取り戻すことになると確信するものである。

 こうした現状を踏まえ、学習指導要領の束縛を離れて算数や数学を語ることはもとより、数学文化をさらに高めていくために、全国の数学愛好者や教育者、珠算等の文化的伝統の愛好者、指導者などが個人の立場で交流することにより、数学を学ぶ楽しさなどを多くの人たちと共有できる「日本数学協会」の設立を呼びかける次第である。

 この協会では、数学を学ぶ楽しさを追求するだけではなく、珠算や和算という伝統数学の研究・普及、さらには数学の活用に関係する研究、数学に関連する諸学問分野の進展に積極的に寄与するとともに、数学関連の諸学会とも協力することにより、我が国の数学文化の向上に努めることを目的とする。要約すれば、日本数学協会は、「数学・計算能力、数学文化を育む会」と言うことができる。


 日本数学協会は、(1)珠算・和算分科会、(2)数楽分科会、(3)数学活用分科会、(4)数学・数学関連領域研究分科会(略称:研究分科会)、の4つの分科会で構成する。珠算・和算分科会では、我が国の伝統である珠算と和算並びに暗算に関する研究と実践を中心におき、数楽分科会は数学を楽しむ諸々の研究や活動を行い、数学愛好者の交流の中心とする。数学活用分科会では企業等での数学の活用に関する実践的研究を行い、数学・数学関連領域研究分科会は、例えば数学と関連する脳研究、数学学習の心理学的研究など、数学に関連する諸分野の研究を中心に、従来十分に研究の支援が行われてこなかった諸分野が発展するための支援を行う。

 さらに、協会誌を発行し、活動の成果を発表できる場を確保する。また、年会を組織して口頭での研究発表ができる場も確保する。

 この協会の運営は、会員の年会費、賛助会員の寄付、協会誌の販売等の収入で行う。

                            
以 上